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突然ですが、ブログを新しくこちらにお引越しすることにしました。深い意味はありませんが、自分の中で一区切りついたこともあり、前から少し整理したいなーと思っていたこともありさくっと乗り換えてみました。今の世銀でのインターン生活と留学について書いてみようと思っています。もし引き続き読んでいただける方がいれば是非今後ともよろしくお願いします。
本当にブログを通じて多くの方に留学の応援をしていただいたり、実際にお会いしたときに声をかけていただいたりしてとても励みになりました。本当に散文的につぶやいた形ですがちょくちょく見ていただいたりしてありがとうございました。リアルにお知り合いの方は今後ともよろしくお願いしますね。 このブログの題名にあるように。この時代をオモシロクするために。また広い世界をみてこようと思います。 *もしかしたらこのブログ自体もしばらくしたら消去するかもしれません。コメントをくれた皆さんには悪いのですがあしからず。 Yasu
2週間ほどMBA受験について書いてきたが、最後の最後でWhy MBAを少し。入社したばかりの時はMBAなんて死んでも行きたくないと思っていた。そもそも座学が苦手で、コンサルという仕事の中で死ぬほどグローバルもマネージメントも勉強できるのに寄り道する意味をあまり感じなかった。
ずーっと日本企業のお客さんを中心に事業再生や再編にかかわっていく中で「グローバルの中の日本」というのを感じることが多かった。大きなマクロトレンドの中で日本の市場が縮んでいく姿を目のあたりにした。だからお前にどうなんだといわれると厳しいのだが、単純に悔しかった。と同時に自分の目の前でがんばる方々が「船の漕ぎ方」が分からないためにうまく船を進められない姿もよく見てきた。 一方で一つ前の会社でトライしていたことではあるが、そもそも「グローバル企業ってなんだっけ?グローバル化ってなんだっけ?」という課題もずっと直面していた。従業員の数なのか、売り上げ比率なのか?実は結構日本的なマネジメントの仕方が時間がかかるにせよ、多くの融和を生み出すケースも多いのではないかと思い、そのBest practiceを一緒に作り出してほしいというのが最初の時においらがボスとした話だった。 かれこれ4年もコンサルタントをしていると、どんどこどんどこ責任の範囲は大きくなり、役員の方や本部長クラスの方とも多く仕事をさせていただくようになった。非常に熱いこの人を応援したいと思うような方が、「グローバルのお作法」を知らないためにマネージメントがうまくいかない姿も多く見たし、一方で、非日本人の役員の方の信頼を得ることが自分の「グローバルマネジメントスキル」(あえてこう呼んでおこう)によってチャレンジングである経験もした。てか激しく悔しい思いも何度もした。あるベンチャーキャピタルのCEOはおいらに「MBAはふるまい方を教えてくれるところであって、事業を教えてくれるところではない」といった。でもおいらにはそのふるまいも含めて学び、物事をドライブしていく力がほしかった。もう二度と無力感に打ちひしがれないように。 キャリアをむりくり分断しても、「お前には勉強は向いていない」と言われても、どこかで自分の時間をインテンシブに投資し、徹底的に反復練習をしないとどこかで限界が来ると思った。これが一番の理由。 こっからはエッセーには書いていないことだけれども、第二にもっと大上段に構えて、自分の「立ち位置」をしっかり見定めたいと思った。そもそも一番最初に会社を選んだのは「公」と「私」という壁が壊れていく中で、大きなフレームワーキングに直接価値をだせる仕事なのではないかと思って戦略コンサルタントという仕事を選んだ。4年のコンサル、1年の事業会社の経験を経て、社会に対して、再度今後数十年をどこの「立ち位置」で踏ん張るのかを整理、仮説検証したいとも思っている。 (この「立ち位置」は狭義の会社を指すのではないのであしからず。おいら社費だし笑。ここ1年で少なくともMBA直後の自分のキャリアの仮説は立てたのでそれを仮説反証したい) ファイナンスなど自分の知識を身に着けたいとかもあるけれど上記二つがメインの理由だと思う。そんな「日本型グローバル」を提示してくれたおいらの前ボスは最後に「この境界線がなくなっていく世界で、新しい「ビジネスモデル」はなんなのか?その担い手の世界中のリーダーの仲間たちをみつけてきてください」とはなむけの言葉に送ってくれた。1年しかない。のでとことんがむしゃらに挑戦したい。 とここまで書いたのは前振で、「というわけで」6月の留学までしばらくですが世界銀行で正規のインターンではないですが働くことにしました。東京だとおもしろくないのでインドで。暫くこのブログもMBA受験編を終えて、インド編をお送りします。あははの報告でしたー。
各論シリーズも最後だがWaitlistへ。
あまりほめられたものではないがWaitlistになった。日本語で言うと補欠なのだが、waitlistになっている人も、なってから合格する人も多い。特にR1の時期では学校側もクラスサイズを見定めたいらしく、「R2の出願者・合格者の様子を見ながら決めたい」というのもあるらしい。 おいらの場合は「80人しかいないクラスの久しぶりの日本人だからちょっと待ってねー」という感じやった。まあでもやっぱし補欠だ(笑) Waitlist対策は非常に曲者で、学校側はサイトでは「アップデートはいりません。点数アップもいりません。推薦状なんてなおのこといりません」という完全に心を閉ざした状態で、一方で繰り上がり経験者の話をまとめると「男ならがんがんいこうぜ」みたいな感じなので、どこまで「積極的にアプローチしたらいいの」状態になる。「いやもいやも好きのうちってことなのか?いやしつこい男は嫌われるのではないか?」と恋愛経験の低い男は悩むのである。 結果おいらがとった戦略は「男ならがんがんいこうぜ」モード。あるKelloggの先輩が「やるだけやってうざがられて落ちたら納得するけれど、やることやらないで落ちたら後悔するじゃろ」と安西先生みたいなことを授けてれあーこれだと。なお某校では真顔で「絶対に何もするな」と止められた。学校のカルチャーが確実にある。。 2012年にアドミに電話して以来は、2-3週間に一回くらいのペースで「ぼくはここにいるよ。君のことを見ているよ」連絡をしたし、推薦状もアップデートもだした。本当はキャンパスビジットも行きたかったのだが、これは少し仕事の関係で難しくいけず。。 ただそういう愛の告白(ストーカー?)攻撃よりもなによりも在校生・卒業生の皆さん15人くらいの方とSkypeやら対面で話をしたことのほうが自分にとっては大きな経験だったし、個人的には効果があったのではないかと思っている。「Waitlistになってしまいましたー」と大好きな先輩に泣きつくとあれよこれよと在校生・卒業生の人がでてきて、年末年始のめちゃ忙しい時期に、「絶対に大丈夫やから」と優しい言葉をかけていただいたり実践的なアドバイスをもらったり、そんな人たちとKelloggへの思い、そして「何よりもどういう立場で日本、世界にかかわっていくのか?」などを意見交換・話を聞かせてもらえて、やっぱこのコミュニティに入りたいと心から思えたのが届いたのではないかとも思う。 正直言うと最後まで何が効果があったのか本当にわからない。もしかしたらすでに一月時点で決まっていたのだが少し試練を与えてみようと思われていたのかもしれないし、最後の最後気まぐれで「日本人ええやん」と思ってとられたのかもしれない。ようわからんのだ。発表の前日に「TOEFLの試験だして」とアドミに言われたときは「今まで見てなかったんかい・・」という気持を禁じ得なかったし・・ 年末のWaitlistをもらったときは気が狂うかと思うくらい衝撃を受けた最悪のクリスマスプレゼントだった。しかもこの時期のつらいところはいつ合格が出るのか一向にわからず、何をしたらいいのかもわからず「生殺し」という言葉がこれほどまでに似合う時期はなかった。ザ・生殺しタイム。 ただ、完全に今だから言える発言やが(落ちていたら完全に闇に葬り去っていた・・)、Waitlistになってがむしゃらに営業して、「Kelloggについて本当に文化、人を理解するという試験だったのではないか?」といまとなっては思っている。年末まではどこか最後がむしゃらな気持がなかったのだと思う。 最後にこうやって書いていると思うのだがMBA受験プロセスはよくできている。ハンターハンターのグリードアイランドばりに、真面目にすべてのプロセスを乗り切ればそれぞれに出会いと成長があるようにできている。少なくとも信じてやるしかない笑。合格のときの喜びはそして何物にも代えがたい。 日本人の合格者の数が減っているという。プロセスのおおさとめんどくささからあきらめてしまう人も多いと聞く。途中自分自身もなんでこんなつらい目にあっているんだと何度も思ったし、MBAなんか取らずに普通にキャリアを歩んだ方が出世とかもはえーんじゃないかとかも思った。それでもおいら自身は本当に多くの人にいろんな面で支えてもらいながら、走ってはこけ走ってはこけ、やっとスタートラインにたつことができた。この先に広がる世界がどうなのか、自分にとってどういう意味があるのかは誰にもわからないけれど、しっかりと挑戦、経験し自分の中に多くのものを取り込んできたいと思います。助けてもらった分の恩返しのかけらにでもなれればと思い、体験談を共有します。お役にかけらでも立てれば。 Yasu
各論2回目は「エッセー・面接」について。
エッセー・面接は2人目の師匠ELITE ESSAYSのBryan Shihをさておいては何とも言えない。HBSに行っているコンサルの時の元チームメンバーに照会してもらったのだけれども、「とてもinterestingなキャリアで是非一緒に仕事したいと思う!」と最初の面談でいってくれてからそのまま契約。 サイトの中の合格体験記にもいっぱい書いてあるのだけれども、彼の何よりの良さはクライアント一人一人にとことん付き合ってくれるところにつきると思う。自分で言うのも恥ずかしいが相当bad studentだった。仕事が急に忙しくなっては時間を変更し、すぐに感情的になって泣きついたり。特にwaitlistになった2011年の冬はひどかった。やさしく「remember who you are,yasu。自分を見失えばいろんな機会もなくなってしまう。冷静に戦略をたてよう」と言ってくれたのも彼だし(おいらコンサルタントなのにコンサルされてどうするという感じでもあるが・・)kelloggの面接が1週間後に決まった時点で「面接の練習をしてやるから空いている日全部送ってこい」などと言ってくれた時は本当に泣けた。実はかれはアメリカ在住なのでかれとは一度も会ったことがない。日本に来るはずだったのも震災などの影響で延期になってしまったし。Skypeでしか話したことがないが、それでも受験以外の自分の状況を相談できるほどのメンターだし強い信頼関係があると思っている。 一時は昨年でサービスをやめるといっていたのだが、今年も新しいチームメンバーもいれて続けることに決めたそうなので(おそらく今年の受験はいっぱいいっぱいだが)、興味のある人は個人的に紹介するので連絡くださいませ(だめかもしれないが笑) 下記エッセー、面接に共通して大事なポイントだと思う3点を書いてみようと思う。よく言われているのかもしれないが①ストーリー性と②具体性、③表現力が構成要素だと思う。 ①ストーリー性:ストーリーのある人生を。 そんなBryanにアタックナンバーワンのようにばしこしばしこしやられたが、作業自体はそんなに苦痛ではなかった。個別のパターンごとの戦略などを書いている人もいるけれど僕はあまりそういうのには意味がないと思っているので書かないけれど、一つ言えるのは「ストーリーのある人生をどこまで書けるか?あなたが誰か?をどこまで考えられるか」だ。実はこれは本当にどう思っているのか?と本当にどうなるのか?は正直あんまり関係ない。自分の過去を振返って、過去の「点」と「点」を結んでいく。突如曲がったとしてもそこにはそれだけの理由がある。それを仮説にして書いていき、一方で自分の腹に本当に落ちるかどうかを考えてみる。 今までキャリアを自主的に選べてそれが通っている人もいればそうでない人もいるだろうが、MBAで求められているのは「どんなに素敵な夢を描けるか」という将来よりも「どれだけ今までの自分を整理できているか」というストーリだと思う。自分自身は人生はなんか崇高な目的があってそのためにこういうキャリアを積んでうんぬんみたいな人というより、目の前に広がる挑戦を超えて超えているとその先に世界がまた広がっていると思っているタイプなのだが、自分の過去からある一定の方向を紡ぐことはできると思う。(前者の人はそれはそれでいいと思う。)たまにMBAのエッセーとかを読んでいると「崇高な「自分のミッション」みたいなものを紡ぎだすんだ!」という文章も見るがそもそもその自分の「ミッション」に磨きをかけにいくためにMBAに行くのだから、今の過去から紡ぎだした仮説をどれだけ真剣に考えられるかが勝負な気がする。 ②具体性:入学した気持になってみる 最初に書いたエッセーは奇しくもKelloggだったのだが、最初にBryanに言われたのはKelloggのコースリストを全部見ろという。次に何が受けたい?と聞かれる。答えをいうと「お前のストーリーはXXなのになぜこっちのコースでないんだ」とかを言われる。これには閉口した。「正直そのコースがどうなのかなぞ知らんし、入学してから考えるわい」と思っていた。 プロセスを経るにつれてなるほどと思うようになった。面接やエッセーでもやはり説得力のあるものをかこうと思うと自分がいったん入学した気になって少なくとも1年どういうコースをとって、どういうクラブ活動をしてを考えているかで全然違う。昨年おいらは一度もキャンパスビジットをしていないが(留学の時くらい・・)、色んな面接官によく調べているねーと言われた。 恥ずかしいことだが自分の大学受験の時はまったくそんなことは考えなかった。当時は官僚になりたいという夢で考えると僕の大学は自然にでてきたし、「どういう授業を受けて。。。」なんて発想は高校生のおいらにはかけらもなかった。日本の受験システムの弊害ということはいわないが、合格するためにというよりも自分が入学する学校でどのような授業があって。。自分がどういう大学生活を描くのか想像して学校を選ぶのは至極まっとうだと思う。 ③表現力:90%は振る舞い 最後はよく言われる通り、どんないい話も「うまく」伝えなければ意味がない。面接が決まったあたりからBryan師匠の猛特訓がはじまった。特にそもそも日本語でも話が長いのでしょうがないのだが、「話が長いー」などとちゃぶ台を何度も返されたが数回すると話すポイント、捨てるポイントを見定めることができたり、2回くらいトレーニングすればいくつかの返事のパターン認識ができたので、本当によかった。少なくとも1回はプロに見てもらうのがおすすめ。 生々しい話だが問題は金だ。最初「Bryanは無制限でインタビューをしてくれる!」と勘違いしていて「なんていいやつなんだ」と思っていたが、普通に全体のコースに5回インタビュートレーニングがついていただけだった(それでもしっかりとついていると思う)。コースをしっかり読んでおらずそのことを知らないので実はKelloggでほぼインタビュートレーニングを使い果たしてしまった。。やばいと思ったのだが、しっかりとしたインタビューサービスは値段が一時間1万。下手すると2万円と完全に足元をみたビジネスを展開している。受験予算がTOEFL受験上納金によって枯渇してきていたので笑、英語ぺらぺらの妻にしごいてもらった。夫のキャリアパスを毎日えんえんときかされる妻はつらかっただろうと思う。 さらにインタビューのトレーニングだけでなく、「音読」もやってもらった。昨日の各論①の基礎体力でもちょこっと書いたけれども、「音読」は口の筋肉つくりにいい。実は野口メソッドで、授業ではSteve Jobsとかをするのだが、妻相手には短いビジネスニュースとかを読んで音を直してもらった。(くまのぷーとかもやってみたが、あまりに悲惨で2ページくらいで終了した)。この地道なトレーニングが発音矯正や英語慣れ上よかったのではないかと思う。 元々面接は得意だったのだけれども、本番はどの面接も和やかで非常に皆さん親身になって相談にのってくれたり、面接官の人生観などを聞くことが面白かったし、面接後の合格率は高いので得意分野だっただろうし自分が楽しんでできたのもよかったのだろうなと思う。 なんか今回は発散気味でした。。。すいません。。。 Yasu
先週から書き始めたMBA総論やが、今週は時間の許す限り各論をかいてみようと思う。具体的な勉強方法などは無限にあふれているので、すこし振りかぶった議論を書きたい。
各論の最初としてはやはり避けては通れないGMAT/TOEFLについて書こうと思う。何度もしつこいがめちゃくちゃ苦労した。TOEFLに至っては15回近く受けている気がする。2011年の休日の思い出の場所ナンバーワンは間違いなくTOEFL会場だ。その次はきっとスタバだ。 ①Affinityとの出会い Affinityの野口先生がこの苦しい受験の2大師匠のうちの試験面での師匠だ。といっても出会いはたまたま。試験の成績が伸び悩みこのままではまずいと思いさすがに「戦略」を立て直そうと思った4月に、びゃーっとネットサーフィンをしていたら発見し、「転職先に近い」などのなんとはない理由でカウンセリングをとりあえず受けてそのまま師匠になってもらった。 他の大きな塾にいったことが皆無なので比較した議論はなんともいえない。が、もし勉強の戦略自体を見直す必要を感じていて、制約条件の中で効率よく全体感をもって受験を乗り切りたいと思っている人はお勧めだ。理屈っぽい人ならば(笑)なお向いていると思う。先生もそれを上回る理屈やだからだ。受験カウンセリングも授業自身も常に全体感をもって進めていくので、僕のような理屈から入らないと行方不明者になってしまう人からするとぴったりで、うまくはまり自分の場合、目標点数まで門をたたいて約半年でクリアすることができた。上昇率からするとGMATは約2か月くらいで100点近く上がっているし(そもそものスタートラインが激しくやばいのだが・・・)。。。ただ「これさえ記憶すれば大丈夫」などという飛び道具はあまり教えてくれない。そもそもそういうのがあまりないこともよくわかっている方だし、実際に乗り越えて思うのはあんましそういうのもないからだ。 ②「英語力のある人」と「英語力のない人」 半分暴論だがまず自分が「英語力のある人」かどうか見極めたほうがいい。僕は残念ながら後者だった。大学受験もあまつさえ半年海外留学に行っているにもかかわらず「英語力のない人」だった。この認識にいたるのに自分の気持ちの中ではすこし大変だったが、プライドなんてかけらもないのですぐに「ない人」だと認識して戦略を変更した。前職からすでに留学に行っている人からは「GMATはSC( Sentence Correction:もっとも英語として文法的に正しいらしい文章を5つの例文から選ぶという意味不明な試験)のテクニックだけが大変。そこは塾に行った方がいい」などとアドバイスを受けのこのこSCばかりを勉強していたがどうにも点が伸びない。そもそも「英語力がない」のだからしょうがない。 TOEFLを一度受けてみるといいと思う。一発目で90点代後半が出せるなら「英語力がある」 。そうでないならば「英語力がない」可能性がある。勘違いしてほしくないのは「英語力がなく」ても英語を話せる人はいっぱいいる。コミュニケーション能力とはまた別の次元だからだ。「ある」人はテクニックを身に着ける勉強をすればいいと思う。スポットで自分の足りないところを埋めに行くのが絶対にいい。「ない」人は腹を据えてTOEFLのReading/Listeningから単語、音読という基礎体力つくりをしないといけない。 これは時間が限られている受験生にとっては酷な話で、やはりテクニック論を学ぶほうが勉強している気がするし、そもそも自分に「英語力がない」と割り切り出願の半年前に基礎体力つくりからやりなおすという戦略的転換をするのは結構いやなものなのだ。おいらはもはやプライドなどかなぐり捨ててすぐに戦略を地道に遂行することにした。95点をとるまでは絶対にGMATに移行しない(移行してもムダ)などと信じてずっと愚直に勉強してみたが、結果移行後は2か月で100点近く点が伸びたのだからやはり基礎固めをした成果はあるのだと思う。GMATのほうが体系的な試験なのでパターン認識すれば点数が上がりやすいのかもしれない。 ③具体的な勉強方法 に関してはいっぱいブログやらサイトに書いているので出る幕なし。自分自身は7割以上過去問をやった。GMAT/TOEFLともに3周ずつくらいはやったと思う。当然もはや2週目くらいから答えやら解き方を覚えているので別の教材にも手を出したりしたけれど。野口先生は野球のたとえをよくするのだけれども、愚直に過去問で素振りとして丁寧に「型」を覚える。「型」を覚えだしたら新しい問題をといて実践で試すというのを繰り返すのが一番近道だと思う。 TOEFLに関してはWebTOEFL Blogなどに戦略も戦術も書いてあるので興味のある人はどうぞ。 他の人がいうように二度と受けたくない試験だけれども、この試験ごときできないと留学生活を越えれないのは事実だし、おいら自身はとても勉強になった。今までノリと気合いで英語をしゃべっていたのを見直すことができて本当によかった。そうはいっても留学やらグローバルプロジェクトやらしていた自分にとって、「基礎固め」をここでできたのは本当にいい機会だったなーと終わったからこそしみじみ。受験中はそんなこといってもそれどころではないが、こっからこそ「英語」の勉強をしなくてはと留学を控えて思う。
昨日はMBA受験の全体像を書いたけれど、今日は「自分ケース」を勝手にダイジェスト風で書いてみようと思う。その前にそもそも何点で、何点を目標点数にしていたかによって話が変わってくると思うので先に書いておこうと思う。
3.目標点数 TOEFL/GMATも試験の成績は高ければ高い方がいい。ただ両方の試験とも僕は異常に苦労したし、限られた時間内で点数をとろうと思うとやはり目標点数をセットすべきだと思う。 ここは正確なことはわからないのだけれども、①志望校のレベルのレンジ(国などもあるかもしれない)、②自分のバックグラウンド(私費か社費か等も含め)などで変わるようだ。結局MBAは「試験だけでなく多面的に判断します!」とかって書いてあるので何がキラーかわからないが、個人的には成績がそんなに激しく伸びて帰国子女の人と戦えるくらいcompetitiveな成績まで上昇するようには、自分の過去の成績のトラックと残り時間ををみて思わなかったので、「あしきり」を超えようくらいに考えていた。 同じ会社出身や同様のバックグラウンドの在校生・合格者から推察して、個人的にはTOEFL100点、GMAT680点あれば出願してやろう。実際の結果も両方ともちょこっと上回ったくらい。ほんまはTOEFLで105点とかはほしいとこだったなーと思う。お世辞にも高い成績とは言えないが、それでも9割以上の学校からは面接によんでもらえたし、個人的にそんなに間違った戦略ではなかった気がしなくもない。 4.自分ケース(受験スケジュール) 2011年1月-:とりあえずTOEFL/GMATの試験を受けてみるも惨敗。TOEFLで80点代前半、GMATで600点前半の成績を出す。最初はこんなもんだろうと思い数回受けるも見事に成績が横ばいし危険な気持で寒い冬を過ごす。と同時に転職と結婚を決意する。GMATの有名塾に通い始める。 2011年4月:転職。転職とともに留学の決心を強めこのままの勉強法ではいかんと思いAffinityの門をたたく。カウンセリングなどをしてもらい受験までのスケジュール、勉強法の戦略を見直す。とりあえずTOEFLの点数アップに専念。 2011年5月:ランチも夜も返上で勉強しまくる(以下年末まで)。5月末にはTOEFLが10点アップし90点台になり気を良くする。一方で結婚準備がヒートアップしてきてコンサルで学んだスキルをいかんなく発揮する。 2011年7月:本当は6月末で100点を獲得する気だったのだが95点の壁に阻まれる。5回近く94点がでて、ETS(TOEFLの主催会社)を倒産させる方法を模索したり、TOEICを受けてみたり迷走する。一方でAffinityの野口先生と相談しGMAT勉強との2正面作戦を開始し、睡眠時間が激減する。 20011年8月:睡眠時間激減、精神不安定絶好調。9月にGMAT決戦日を設定。このあたりから学校説明会がはじまるがそれどころではなく、Kelloggのcoffee chatにだけ参加し異常にテンションがあがる。少しずつエッセーの準備をはじめ、さらに睡眠時間を削る。 2011年9月:上旬GMATで成績がでて麹町のテストセンターで腰が抜けそうになる。あまりに陽気になりすぎたが、「TOEFLもね。」と釘をさされる。中旬TOEFLでも目標点数突破。カウンセラーと急ピッチでエッセーを書き始めるが、「巨人の星」並みのスパルタを受けまた心が折れそうになる。と同時に本当のキャリアゴールについて真剣に悩み始めだす 2011年10月:Kelloggをはじめ数校だけ、数を絞って出願。もはや満身創痍前回だが、カウンセラーが「次は面接の練習や!」とスパルタがとどまることをしらないので3日に1回ペースで面接のトレーニングを受ける。「英語うまくなったね」とほめられ気をよくする。 2011年11月:Kelloggをはじめ面接。燃え尽きる。R2の出願準備もしないといけないのだが燃え尽きる。と同時に母校のホームカミングデイでお祭りを企画し燃え尽きる。熱を出す。ほぼ廃人。 2011年12月:中旬Kelloggからwaitlist。激しく動揺するがKelloggの在校生・卒業生に励まされ、スカイプ・対面で15人近くの人とお話し、激しく感動する。と同時に冷静にリスクヘッジのためにR2の出願準備をもうピッチでする。「推薦状も何本でもかいてやるぜー」というあたたかい人に応援され感動する。みんなが気を使い始め受験の話題を僕にふらなくなる。。 2012年1月:気合いで5校追加で出願。身も心も寒くなる。R1でだした一校から面接にもよばれずすこーんと落ちる。持ち前の前向きさをだし気を取り直して、「受けていない」ことで自分の中で処理する。仕事が微妙にヒートアップ。 2012年2月:某校面接の末合格をいただく。面接のインビテーションを幸運なことにいっぱいもらう。が、waitlistのストレスなどからまた精神不安定に陥る。 2012年3月:面接ラッシュといくつかの学校から合否の連絡をもらう。28日Kelloggから合格の連絡をもらう。 2012年4月:お断りの連絡をいれて、Kellogg進学決定 長かった。。。他の学校のことを書くのは微妙なので少し省きましたが、本当にいろいろあった一年でした。にっくきとかって書きましたが、振り返ってみると自分の英語力、キャリアへの考え方など立ち止まってしっかり考える本当にいい時間でした。ある卒業生の人がMBA受験も含めてMBAの大事なプロセスの一つなんだよといっていたのが今なら少しわかるような気がします。 でも本当にここ1年はつらかった。何度も「なんでこんなつらい目にあわなければいけないんだろう?」と心が折れそうになったし、本当に多くの方が優しい言葉をかけてくれたおかげで、新たな立場へのチャンスをいただけたのだと思っています。まだこれからが留学生活だけれども本当にうれしい気持でいっぱいです。 最後に僕がつらいときいつも読んでいたブログの記事を紹介。最初読んだときは恥かしながらオフィスで泣いてしまった笑。(たまたまKelloggのページだけれども特に意図はないです。)つらい人、悩んでいる人はこのページ読んでみてください。 来週余裕があれば、試験やら面接やら、各論もちょこちょこかいてみたいと思います。
頭の中から忘れ去らないうちににっくきMBA受験戦争について書いておこうと思う。対象は、「まじで受験プロセスがつらすぎてやめたい」、「一人で心がおれそう」、「そもそもMBA受験ってどうなっているんだっけ?」という人を対象にしており、いきなりGMATで700点前半をとってどうしよっかな?と悩む人は対象にしていない。後者みたいな方はこんなくだらない駄文を読むよりももっと有効な時間の使い方をしたほうがとてもいい。
1.枠組み そもそもだがMBAはだいたいラウンド制をとっている。10月前後に出願し11月くらいに面接し12月くらいに合否がわかるラウンド1(以下R1)、年末年始までに出願し、2-3月くらいに面接し3月末くらいに合否がわかるラウンド2(以下R2)。そのあとも入学までラウンドがぐるぐる回る仕組みになっている。が日本から受ける場合が留学生扱いなのでR3くらいまでが主戦場なのだと思う(サイトによれば)。 ただしEarly Decisionのような制度(早い者勝ち)をもつColumbiaのような学校もあるし、僕の記憶だとBerkeleyはほかの学校とラウンドのタイミングが少し違うと思う。詳細はかならず各学校のホームページか後でも紹介するがカウンセラーのページには大体まとめてあるので見るといいと思う。 通常R1のほうがやはり優位で、でもR2が結局大多数の受験生が受けるということになっているようだが、実際にはよくわからない。R1は去年からのリアプリカント(再受験生)も結構いるらしいし、合格者だけ見ていてもR2がかなりいるし、大学側もR2の感じを見たいような気もする。 2.ステップ 以前のエントリー二も書いたが大きなステップは3つで①試験勉強(GMAT/TOEFL)、②エッセーなど出願書類作成、③インタビューになる。ちなみに②には②-1.出願校選定と出願プランの策定、②-2.書類作成に分かれる。本当はステップを一個ずつきれいに終わらせていけるととてもよいのだが、このブログを振り返ってみてもらうとわかるとおり最終的には大体入り混じる。 僕の師匠に聞いたところ、R1で出願しようと思うと遅くとも8月くらいには成績がでて、9月にはエッセーの準備に取り掛からないといけない。ちなみに苦労パターンで考えるとTOEFL/GMATの2正面対決は避けたいので本当は5月末くらいにはTOEFLの目標点数をとり、8月末にはGMATで成績をとるのが理想(というか僕の目標時間軸だった)だと思う。 師匠によると純ドメな人は2年かけ1年目でTOEFLの成績をクリアし、少なくとも前年の1-2月にはGMATに移行し半年くらいの余裕をもって成績をだし、6月くらいにはまたまたエッセーを書くというのがいいらしいが、仕事しながらにそんな悠長をもってできる人はまれだと思うので夏休みの宿題を計画的にできる人はすればそうしたほうがいい。 ゆえに僕のとりあえずの理想的ターゲットは(約1年で合格をとる場合)下記だった。。。 5月末:TOEFL目標点数確保 8月末(お盆くらい):GMAT目標点数確保 10月末:R1で複数校出願 年末:合格 が当然このブログに書いてあるのを見てもらえばそんなものは完全に海のもくずとさり、年末年始返上の泥沼ゲリラ戦に突入してしまった。 言いたいことがありすぎて疲れた。。。総論その2目標点数と自分の場合の時間軸のまとめは次回。役に立っているのか謎だが・・・ Yasu
4年近くblogを書いていますがキャリアも大分蛇行したので笑、今更簡単に自己紹介します。
大学卒業後某外資系コンサルティングファームに入社。入社2年目にして海外留学に半年間ほど送り込まれるが、その間にリーマンショックが起こり、金融機関や製造業などのお客さんを中心にいろんな企業のターンアラウンド戦略に従事。ターンアラウンド戦略という名のもと、純粋な戦略プロジェクトからオペレーションプロジェクトまでとりあえずなんでも根性系コンサルタントとして従事。約4年のお勤めを経て、国内証券会社のコーポレート部門にてオペレーション変革、グローバル化のプロジェクトその他もろもろに約1年従事し(この辺の動機はこちらに書いた)現在は某国潜伏中。2012年夏よりKellogg School of Management1Y program進学予定。 関心事?はターンアラウンド(企業、事業再生・変革)、グローバル化、一応金融(ファイナンスではない・・)などなど。。その他個人的にプロボノベースでお手伝いしていますが大学やNPO、政府機関などPublic/Non Profitの領域にも強い興味があり。 アジアを中心に世界をぶらぶらして写真をとったりもしています。本の虫。こんな感じかしら?改めて書くと恥ずかしいですがよろしくどうぞお願いします。
最後の書き込みから大分放置してしまった。。。最後にブログを書いてから、実はいくつかの学校からも連絡をいただいたりもしましたが、結果的にKellogg School of Managementに進学することにしやした。先にも書いた通り1Y(1年間)のプログラムなので2012年夏に進学し、2013年夏には卒業する予定です(できるかどうかは別にして涙。)
理由はようわからないけれども、日本人で1Yのプログラムに合格/参加するのはほぼ5年ぶりくらいらしく、この記事にあるように今後Kellogg自体は2年生の人数を減らして1年生プログラムを拡充させるようなので日本人合格者を増やすためにもパイオニアとしてがんばってこようとおもいます。(もう日本人は二度ととらねーとならないように・・・) Why Kellogg/Why MBAまた書こうと思いますが、最後の最後で決めた理由は1Y programというだけでなく、すさまじい数のKelloggの卒業生、在校生と会い、Kelloggへの思いや日本を世界をどう変えたいのかを一人一人の人が持っているのを知り、自分もこういうコミュニティの中に入りたいと思い進学を決めました。 もう6月には学校が始まるのであと2か月ほどしかないのですが、楽しみでいっぱいです。2008年に海外留学に半年行くのをきっかけに作ったブログですがとうとうMBA留学に突入しました。読みずらいかもですが引き続きこのブログを更新しますので、どうぞよろしくお願いします。 P.S. MBA受験のつらい思い出はしっかりまとめて後世に残そうと思います。数日以内に。。 Yasu
3か月ずーっと待っていたKelloggからの合格通知が来た。しかも通常の2年ではなく1年のAccelerated MBAコースだ。うれしくて言葉が本当に出ない。
実は年末にwaitlistという補欠?のようなものになってしまいずーっとアドミとやりとりしていたのがこの学校。本当に数多くの卒業生、在校生の方にあたたかい言葉、アドバイスをもらっていたので電話がきたときには思わず腰がぬけそうになってしまった。本当に長くてつらい戦いだったのでうれしさもひとしお。やった。 Yasu 金融で働く身としては必読らしい(笑)元三井住友銀行頭取 西川善文さんの回顧録だが、西川さんの回顧録というよりは日本金融史の振り返りに近い。印象的なのは安宅再建やイトマン事件のあたり。融資先の再生マネジメントを融資銀行だけでなく日本株式会社として銀行団一段で救済に向かうかつての「銀行」システムの在り方を示しているようで非常に興味深い。このような銀行システムは崩壊し始めているとはいえ、リーマンショックのbailoutや今でもJALの再生など企業再生支援機構を見ていると一定数の民間活用が始まっているとはいえ、本質的には変わらぬ金融システムの課題を描き出している。 個人的には様々な金融の事件を時系列に書いてあるが、正直にはどうも言い訳くささがつきまとう。マスコミから一方的に書かれてきた西川さんなのでこの際にいろんなことを言いたいのだろうけれども、すべてがどうにも理屈っぽく、また都合の悪い個所は歯切れがわるい。銀行という世界の中で様々な意思決定を様々な利害関係の中で意思決定をしてきたのだから「暴れん坊」をもっと個人的には見たかったり。 Yasu
仕事帰りにBerkeleyの面接へえっちらほっちら。すっごい楽しい一時間であっというま。
面接も終わり一段落夕飯を食べていたら、LBSから合格の連絡! 志望度の高い学校だったので純粋にうれしい。とりあえずご報告第二弾でした! Yasu
会社を出たとたんに非通知から電話。なんだろうと思ってでると「LBSのアドミなんだけれど3分だけ時間くれない?」といわれる。本当は固定電話とかに切り替えたほうがいいんだろうけれど丸の内のど真ん中なのでもう腹をくくって、街中でインタビューを受けることにした。。「ぶっちゃけ自分の英語スキルをどう思う?」から始まり「いや全然だめっす」とは言えないので「全然大丈夫」と答えておく。
あまつさえ東京の真ん中で「休日何してんのー?」と追加で聞かれる。街中でこんなもん話すのは恥ずかしさ全開だが、もはやテンパっているのと英語だから開き直っていっぱい話す。気づいたら目の前でアメリカ人(っぽい人が)が酒を飲みながらおいらの話を聞きながらにやにや・・・・ 「最終の返事はXX日にだすからまっててねー」といって最後に切れていく。「なんだったんだ・・・」おうちに帰って過去の人の話とか見返すとそんなに悪い話ではないみたいなのだけれども。。 Yasu
果報は寝てなんとやらという言葉があるが、面接を2発やってからはしばらく反動でぼーっとして無性に本が読みたくなり一週間で5冊くらい乱れ読みをしたりプロジェクトに没頭したり。MBAだけでなく別件で回答を待っているものもあり、結構ストレスフルな毎日(個人的には結構こっちもストレスだったりする)。
ただ多くの先輩方が面接から合格発表が一番きついといっていたのだが、正直言うとそんなことは実はない。やっぱり試験をいくつも抱え、うけてもうけても点数が上がらない時が精神的にはつらかった。今は正直ここまでやったのでもういっかというマインドになっているので気持ち的には少し落ち着いてきてはいるのだけれど。果報は寝て待てだな。 そうこうしているともう一校Berkeleyからも面接のお誘いをいただいた。これが(少なくとも今年度は)最後の面接になるかもしれない。気持ちを引き締めて最後までがんばらなくっちゃ。 Yasu
今週はインタビューを2本こなしたのでもうへろへろ。やっぱし気力をかなり使うわい。
一つ目はWharton。平日のランチタイムにて都内某所でアドミと30分程度。チームのみんなに応援されながら出陣。気持ちはさながら出兵する気分で参戦。時間が30分なのもあるけれども、レジュメをベースに今までの経緯やら今後のキャリアパスなどをお話し。Why Whartonに関しては全く聞かれなかったので強引に持って行ったが、色々強引すぎたかも。ただこういう範囲に興味がある!とかっていったら「コンタクトしてみて!」とプログラムマネージャや教授を紹介してもらえたりしてすごくよかった。英語早め。。。Whartonは卒業生やアドミに会うたびにどんどんイメージがよくなっていくなあ。 一方のLBSは都内某ホテルにて卒業生の方と1時間程度。めちゃめちゃレジュメとエッセーを読み込んできていて相当踏み込んだ質問ががんがんやってくる。すっごい根源的な問いとかもくる。ちなみにこっちもWhy LBSはなし。個人的には今まで受けたMBA面接の中でもっともタフ。途中5分程度のプレゼンテーションが入っているが、今までサイトや卒業生から聞いていた面接の流れでは異なるため少しとまどった。今年からやり方を変えたのだろうか・・・なんとなくビシバシ系の面接は嫌いではないので終わった後、謎の爽快感あり笑。ただ飲み物をココアを頼んだのだが、ココアはのどがぬるぬるになるので面接には向いていないと心から思った。 2校とも志望度の高い学校なのでとりあえずおわったーって感じ。3月末に向けての返事を待つのみ。これで大半の面接は終わったなー。あとは2校ほどまだインビテーション待ちって感じだ。3月中にはかたがつくかしらん。 Yasu
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